「今でもその時の情景を覚えいている。文庫の棚は店の入口、向かって右側にあった。文庫にかけられた薄いセロファン紙がどれも黄ばんで、そこにおそい午後の光が射し込んでいた。私は国木田独歩の「牛肉と馬鈴薯」を求めた。独歩の名前は国語の教科書で知っていた。これが私の初めて買った本である。」(H書店のこと)
2010年に発表された野呂邦暢随筆選の新装版です。
編集は岡崎武志。
小説と同じか、あるいはそれ以上に随筆が愛されている作家が少なからずいる。
故郷諫早の水と緑と光を愛し、孤独な生活から生まれる詩情を端正な文体に落とし込んだその作風を持つ野呂邦暢は間違いなくその一人だろう。
少年の頃の記憶、本との出会い、古本屋との交流、愛した芸術、小説のこと、など作者の魅力に溢れ、読書の喜びをもたらしてくれる57編。
なお、本書は「昔日の客 / 関口良雄」(夏葉社)と合わせて読むことを強くお薦めしたい。
著者:野呂邦暢 編:岡崎武志 出版社:みすず書房 2020.4 初版第一刷 四六判 タテ188mm×ヨコ128mm/240頁