あなたのやさしい眼のなかにある涙
きみの沈黙の舌からおちてくる痛苦
ぼくたちの世界にもし言葉がなかつたら
ぼくはただそれを眺めて立ち去るだろう
あなたの涙に 果実の核ほどの意味があるか
きみの一滴の血に この世界の夕暮れの
ふるえるような夕焼けのひびきがあるか
言葉なんかおぼえるんじゃなかつた
日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで
ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる
ぼくはきみの血のなかにたつたひとりで帰つてくる
「帰途」より
1962年刊行以後、名詩集との評価を不動のものとしてきた田村隆一の第二詩集「言葉のない世界」が約60年ぶりの新装復刊。
荒地に立った偉大な足跡。重く、地に足の着いた誰の干渉も受けない詩人の言葉。
意味を問うことを寄せ付けない。60年経ち、「言葉のない世界」でますますこの詩の存在意義は増している。
栞封入:曽我部恵一寄稿「ぼくらには詩が必要だ」
著者:田村隆一 装丁:水戸部功 出版社:港の人 2021.4 初版 ハードカバー 48p
新刊書籍