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new構築の人、ジャン・プルーヴェ

「私が言いたいことは、ジャン・プルーヴェは、絶対に切り離せないものとして、建築家とエンジニアの資質を合わせもっているということ、もっと端的に言えば、建築家であると同時に建設者である。」(ル・コルビュジエ)

フランス・モダニズムを代表する建築家、ジャン・プルーヴェ(1901-1984)の作品と人生。
鋳鉄職人として始まったプルーヴェはそれゆえに部品、素材を細部まで熟知し、機能を最大限に活かし、そこから生まれる「かたち」を構築していました。
編訳は前川國男事務所に所属しながら1966に渡仏、後にプルーヴェの事務所で働き、フランスにおける日本人初の建築営業権を取得した建築家、早間玲子。

I部 ジャン・プルーヴェ、自身を語る(聞き手 アルメル・ラヴァルー)
1 鋳鉄職人
2 ジェネラル・キュスティヌ通りからマクセヴィルまで
3 マクセヴィル工場の自主管理方式
4 家具
5 ロッズとみんなの家
6 集合住宅地帯──団地
7 大企業
8 工業化──プレファブ方式
9 一戸建て住宅
10 ル・コルビュジエ
11 アトリエのおわり
12 マクセヴィルのあと
13 構想から実施へ/
14 国立工芸院CNAM教授/
15 建築家?
16 ブラン・マントー通り
17 建築家の世界
18 良識ある建築

II部 構築家プルーヴェは語る、工業生産から生まれる建築のすがた
1 建物の構成
2 建物の構造
3 加工製作
4 生活環境
5 建設チームの構成
年譜

ジャン・プルーヴェ
1901-1984。アール・ヌーヴォーを代表する工芸家エミール・ガレの後継者であるヴィクトル・プルーヴェを父に、パリに生まれる。1916年から鋳鉄工芸家エミール・ロベールとアダルベール・サボの工房で修業。兵役の後、1924年、ナンシーのジェネラル・キュスティヌ通りに最初の工房を開設、建築家マレー=ステヴァンス、ル・コルビュジエのほか、多くの建築家と知り合い、協働するようになる。1940年からレジスタンス運動に積極的に関わり、ナンシー市長として戦後の混乱期を支えた。1947年、ナンシー郊外のマクセヴィルに新工場を開設し、家具、建設分野に革新的な成果を生んだが、工場の株主となった数社の大企業と衝突し、1953年、組織が再編されると工場を去る。1957年、輸送機工業製作所CIMTの建築部部長に就任、カーテンウォールの設計施工に貢献した。同年、国立工芸院CNAM教授に就任、以後13年間、教鞭を執る。1966年、パリにアトリエ・ジャン・プルーヴェを開設。1971年、ポンピドゥー文化センターの国際競技設計において審査委員長を務めた。1981年、ベルギーのエラスムス賞を、1982年、レジオン・ドヌール勲章コマンドゥールを受章。ナンシーにて死去。享年82。

編訳:早間玲子 デザイン:有山達也・中本ちはる 出版社:みすず書房 2020 初版 ハードカバー / B5変型判 タテ237mm×ヨコ182mm / 336p
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