"毎日の生活のために毎日の生活をしていた。当たり前のことだ。でもあの津波と原発事故から、自分が立っているこの社会の地盤が思っている以上に脆いものであるという事実についても考えなくてはいけないと感じていた。そして、このまま普通に家賃を払って住んでいるだけでは「生き残れないかもしれない」と思うようになった。電気と水道とガスが通った家で普通に暮らしながら作品をつくること自体に嘘があるような気がした。そこでひとつ新しい試みとして、自分の「住み方」を作るところから始めてみようと思った。"
この後、美術家村上慧は発泡スチロールで家をつくり、それを背負って移住生活を始める。それが2014年春のことでその「一軒目の家」の移住生活は
「家をせおって歩いた」(夕書房)で書かれた。
本書は金沢21世紀美術館で開催された展覧会「村上慧移住を生活する」(2020年10月17日〜2021年3月7日)の記録、及び「二軒目の家」(2015年5月から2018年9月)と「三軒目の家」(2019年3月から現在)を背負って移住を生活した日記で構成されている。日記の合間には村上のドローイング作品、制作物、写真も見られる。800ページに迫る大書で、震災後にこの美術作家が経験したことほぼ全てが注ぎ込まれている。それはこの国に住む人々が目の当たりにしている惨状の全てだと言っていい。
金沢21世紀美術館のキュレーターであり本書の編集を務めた野中祐美子はこう言う。
『「移住を生活する」は一人の作家による社会の違和感への抵抗であり、戦いである。たった一人で続ける静かな戦いである。私たちはこのプロジェクトを牧歌的に見てはいけない。これは作家の強烈な呼びかけであることを自覚しなければならない。』
本書の解説は是非こちらをご一読頂きたい。
https://artscape.jp/report/curator/10169298_1634.html
執筆
川瀬慈(国立民族博物館/総合研究大学院准教授)
辻琢磨(403architecture[dajiba]/辻琢磨建築企画事務所)
野中祐美子(金沢21世紀美術館)
デザイン:阿部航太
著者:村上慧 発行:金沢21世紀美術館 2021初版 ソフトカバー/800p
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