名作「庭とエスキース」に続く写真家奥山淳志さんの写文集。
本書ではかつて共に暮らした生き物たちとの思い出を写真家ならではの視線で綴っています。
動物と暮らす、または飼うということはそのまま当時住んでいた街や家、そして家族との記憶と繋がる。
そして例えば犬を抱きしめたときの、あの毛並みの手触りと体温と命の躍動。
あの生命の温もりの記憶はそうそう消えるものではない。
奥山さんは少年時代の感覚をそのままに、そして人間と動物の交わされる吐息を感じるほどに優しい筆致でこの物語を描いた。
全15編だがタイトルはなく連作になっていて、それは幼少からの記憶が今に繋がることを示しているようで、まるで長編小説のようで、読み物としてたいへん優れた一冊だと思う。
「この後、犬をはじめハムスターや野鳥や鳩やインコなどたくさんの生き物と暮らすことになるが、思えばこれが自分以外の小さな生命を胸で感じた最初の瞬間だったのかもしれない。子犬を抱き上げて力強い鼓動を感じ、小さな瞳を見つめたあの日の経験は知らぬ間に僕の胸のうちに“場所”を生んだのだと、今の僕は感じている。
それは、小さな生命が灯す光に照らされた場所だ。とてもきれいな場所だけれど、美しさだけに包まれているものでもない。生きることの根源的な残酷さや無常を孕み、もしかしたら小さな生命たちの墓所のような地なのかもしれない。僕が過去に出会い、ともに過ごした生き物たちはみなその生を終えてしまっている。僕の前で確かに存在していたあの生命たちはどこに消えてしまったかと、ときおり、遠い日に忘れてしまったものを急に思い出したかのような気持ちになる。でも、あの美しい針が居並ぶような艶やかな毛並みも、鮮やかな色彩のグラデーションが施された柔らかな羽毛も、ひくひくと震え続ける桃色の鼻先も、僕を満たしてくれた小さな生き物たちの存在は確かに消えてしまっていて、どこを見回しても見当たらない。それでも根気強く探し続けると最後にたどり着くのは、いつも胸のうちにあるこの“場所”だ」(本文より)
著者:奥山淳志 出版社:みすず書房 2021.8 初版 ハードカバー 320p
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