十七か十八のころ、母方の祖父の形見のカメラを手にしてから、ずっと写真を撮りつづけてきた。それからというもの、撮ることの遠さ、わびしさが消えることは決してなかった。それは、眼差しと人々とのあいだに冷たい機械を差し挟むことの代償にほかならない。
「在りし日の写真について」
あのときこうすればよかった、ということは山ほどある。でも本当の欲望は、自分の生をはじめから、そっくりそのままくりかえしたいだけなのかも知れない。それはあまりにも身勝手な願いだろうか? それでもわたしは何度でも反復したい、自分が見、聞き、触れたものを、もう一度はじめから――苦しみや救いようのない自分の愚かさ、奇跡みたいに与えられただれかの愛、そうしたすべてを――寸分たがうことなく。
「だれでもない夜、ひとりで」
最古の実用写真術、銀板写真(ダゲレオタイプ)とともに旅に出る。福島の渚へ、遠野の田園へ、核実験場の砂漠へ、あるいは己の過去、夢と現の境へ――。詩人になりたかった美術家は、絶望と混迷の時代にあってもまた昇る陽を待ちながら、ひとり言葉とイメージを探す。
写真家を名乗ることをやめた美術家新井卓初の著書。
石内都、赤坂憲雄推薦
著:新井卓 出版社:岩波書店 2023初版 ハードカバー 199p
新刊書籍