私はそういう環境の中で、自分も含めて人間の心理というものを考えるようになった。それは、善も悪も別々に存在するのではなく、一人の人間の中に同時にあるのだ、ということだった。良い人と悪い人がいるのではなく、一人の中に両方が存在する。たまたまそのときにどちらかが出るだけで、絶対的に善い人なんていない。特に極限状態では、悪の部分が出るほうが自然であり、本音なのだ。
だからこそ、ふだんからこの本音を見つめていかないと、人間として弱くなる、と思った。自分の中にも弱さや悪の部分がある。それに目をつぶって見ないふりをしていると、かえって知らず知らずのうちにその部分に引きずられてしまうのだ。
(「第 二 章 障碍児施設へ」より)
障碍者だけのパフォーマンス集団「態変(たいへん)」の主宰者が、想像を絶する極限状況を生き延び、人間の本質を問い続けた「生きること」の物語。
朝鮮古典芸能の伝承者で、在日1世の母から生まれた著者。継承を期待されるが3歳でポリオ(小児マヒ)を発病し、首から下が全身麻痺の重度障碍者となる。苦悶に満ちた4年間の入院治療の末に退院、肢体不自由児施設での集団生活を10年間過ごす。そこでは、設備不備による劣悪環境下で友人の死を目の当たりにする。その後、障碍者自立解放運動に参画、同時に、当時はまだ珍しかった、24時間介護の自立障碍者となる。運動組織の分裂・解体をきっかけに「態変」を旗揚げし1児の母へ。その壮絶な半生の軌跡を、切実な筆致で描く。
ちくまプリマーブックスの不朽のエッセイを、28年ぶりに新装で復刻。著者が新たにあとがきを書き下ろし、作家・高橋源一郎と、当時の担当編集者・藤本由香里による寄稿を収録。
金滿里(キム・マンリ)
大阪生まれ。東淀川在住。身体表現芸術家。1953年生まれの在日韓国人2世。ポリオ(脊髄性小児麻痺)後遺症にて首から下が弛緩性麻痺の重度障碍者。身体障碍者による身体表現を先端的芸術として発信する集団・態変の主宰者。2016年社会デザイン賞優秀賞受賞。2022年大阪市市民表彰・文化功労部門受賞。
装画 ミロコマチコ
装画撮影 田村融市郎
校正 藤本徹
組版 飯村大樹
ブックデザイン 根本匠(コズフィッシュ)
プリンティングディレクション 鈴木純司(モリモト印刷株式会社)
著者:金滿里(キム・マンリ)装画:ミロコマチコ 出版社:人々舎 2024 ハードカバー 464p
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