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new何も共有していない者たちの共同体

私は、病院であれ貧民街であれ、孤独に死にゆく人を見捨てるような社会は、みずからその土台を根こそぎにしているのだと考えるようになった。

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医師や看護師、家族や恋人、という理由だけではなく、私たちと何も共有するもののない、人種的つながりも、言語も、宗教も、経済的な利害関係もない――人びとの死が、私たちと関係しているのではないか?
本書において著者は(何も共有するものがないにも関わらず、)死者のそばに居つづけようとする人間、そして死にゆく人々と形づくる共同体について考察します。
2006年の邦訳刊行後、読まれ続ける名作です。
写真は全て著者によるもの。

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「侵入者」では、他者性――私たちと対面するときに、私たちに訴えかけ、私たちに異議を申し立ててくるもの――の輪郭を描いている。
「顔、偶像、フェティッシュ」では、真の価値はなぜ、私たちが共有しているものではなくて、個々人を個別化し、彼または彼女を互いに他者にするものの方にあるのかを説明する。
「世界のざわめき」が示そうとしているのは、言語とはたんに、私たちの経験を同等で交換可能なものとして扱えるように平準化する、人間の約束によって制定された一つのコードではなく、むしろ、自然のざわめき――動物の、最終的には、存在し反響するすべての物のざわめき――から生じるものと考えられるべきだ、ということである。言語というコードを鳴り響かせるとき、私たちは、人間の解読者とだけではなく、自然界が奏でる歌、不平、雑音とも意思を疎通させているのである。
「対面する根源的なもの」では、語られる内容よりも、私がその場に存在して語ることの方が本質的となるような状況を検討する。
「腐肉の身体・腐肉の発話」は、ある特殊な言語状況で生まれる拷問を扱っている。その犠牲者は、彼または彼女が語り、信じたことのすべてが嘘であり、自分は真実を語ることができないと無理矢理に自白させられてしまう。
最後に、「死の共同体」は、人が死にゆく人と形づくる共同体を考察している。

解説:堀田義太郎・田崎英明

著:アルフォンソ・リンギス 訳:野谷啓二 出版社:洛北出版 2022 7刷 ハードカバー 284p
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